【Kissの会 ゲスト投稿no.81】   「ささやかな往復書簡 〜2021年春・東北の旅~ 」

2022-04-01 (7期) 黒田 豊彦 さん

 

XX旅館/女将さん:

 

昨日角館を経由して東北旅行を無事終えました。

気仙沼滞在時には歓送迎やサウナ室の準備を含め, 2人だけの宿泊者に対して 当然といった所作とお気遣いに対し, ただ恐縮するしかありませんでした.また翌朝6時に旅立つ我々のために特別に準備された朝食はありがたいものでした.。


東日本大震災で被害を被り, 引き続く海難事故で出漁中のご家族を喪った女将さんは,未来について切々と語っておられましたね。

 

その真意は, 未来への過度の依存・期待に依存することを避けて, 現在をよく生きることにもっと注意を払うべきではないかとの含意だと理解しております。

 

20世紀最高のコミュニティ研究者の一人である社会学者ロバート・M. マッキーバーは著書『幸福の追求』の中で, 未来と現在との関係について次のように述べています;

 

   わたしたちは歳月の方をつかまえると, この瞬間を見失ってしまう。

           未来のために生きると, 生きている現在を見失ってしまう。

 

未来のために生きようとすれば (その想いに固執しすぎると) 現在はそのための手段と化し, 現在は未来によって支配される可能性を憂いての箴言だと解釈致します。

 

ところがわれわれが実感できる時制は現在しかありません。不確実な未来を懸念するあまり, 不安の中で現在を生きることは不誠実ということもできます。

首相は「2050年の温暖化ガスの排出実質ゼロ」を宣言しました一方で, 現下の環境課題である福島原発の廃炉処理に関わる汚染水の海洋投棄や,高濃度放射性廃棄物の処理については, 公論形成による国民的合意が全く整わないという事実。

 

わたしたちは恥ずかしがらずに躊躇なく現在をよりよく生きることを, もっともっと主張すべきではないでしょうか。SDGsが跋扈する昨今, つい気を緩めると現在と未来とは不連続であるような気がしてなりません。 そんなときは足元を見つめることなく, ただ遠い未来だけを憧憬している自分に気がつきます. 未来とは現在の続きであるという当然の帰結を片時も忘れないでおこうと自戒します。

 

女将さんとご家族の健康, 旅館の繁栄(?) とユニークさの持続(!)を衷心よりお祈り申し上げます。



女将からの返信:

 

無事に戻られて安心致しました. 遠いXまでお越しくださり感謝しております。おっしゃる通り, 今を愉しみながらときを過ごしたいと思います。またお会いできますように. どうぞお身体をご自愛くださいませ。  かしこ