【Kissの会 ゲスト投稿no.109】      「西南西に進路を取れ!」

2024-05-01 森部 美由紀さん

 

2022年夏の終わり、島原へ出かけることになった。車の陸送が目的のため、どこをどう辿ればいいのか、まずは地図を思い浮かべた。考えてみると京都から先は殆ど行ったことがない、島原は九州と知ってはいてもその位置となると曖昧である。

 

マップを開くとどうやらそこは長崎県らしい。そして奇妙な形に驚かされた。海に囲まれた複雑な海岸線、しかも県の真ん中にも海がある(湖ではない)つまり海に浮かんでいるドーナツのような土地なのである。山間に住んでいる私からするととても心もとなく思えた。陸路で35時間か。途中で一泊するにしても、運転のしっぱなしは自信がない。

 

待てよ、瀬戸内海を船で渡るのはどう?神戸から乗って船中で一泊している間に大分まで運んでもらえる。よし、これで行こう!ところが、準備万端整えて迎えた出発日はなんと台風のため船が欠航し、再開の情報がない。翌日とにかく行けるところまで行くしかないと、覚悟を決めて出発した。

 

安曇野インターから名古屋方面へ向かうと、小牧、岐阜羽島、関ヶ原。戦国時代をさかのぼるようなルートで、サービスエリア内のお土産も、あのうなぎパイが信長パイに名を変えているのも面白い。昼過ぎに運航再開が分かり、幾分落ち着いて神戸を目指すことができた。夕闇迫る神戸港、まずはトレーラーが乗り、乗用車、バイク。誘導員の指示で次々に積み込まれていく。作業員がロープを扱う姿を見るにつけ、海運業に携わる人が多いと感心してしまった。

 

夕食は船上のバイキング。ヘルメットを脇に抱えライダージャケットを着たグループもいる。若い人達かと思いきや、そこそこ年季のいった人たちで、一緒に行動していても群がって乾杯するでもなく、少し距離を置いて一杯やっているところがなんとも格好よかった。それだけ気心が知れた仲間なのかもしれない。

 

食後、デッキへ出ると海岸線に町の灯が並んでいる。対岸には淡路島も見える。瀬戸内海は見るのも渡るのも初めてだったが、両側に陸を感じるところがいかにも内海らしく、その両端をつないでいる明石大橋を潜るときは今日一日の無事を感謝したい気持ちになった。翌朝船は滑らかに大分港に着岸。再び車で走り出すと港の風景は数分で消え、鮮やかな若草色が目に飛び込んできた。

 

日ごろ見慣れた北アルプスとは全く違う穏やかな山が幾重にもどこまでも広がっていて、草千里という言葉を思い出した。しかし今は先を急ぐのだ立ち寄りたい気持ちを抑えて、ひたすら西を目指す。

 

何とか熊本港10時45分発のフェリーに滑り込み、今度は水面を近くに感じながらほっとひといき。そうかここは有明海か、どうりで波がひとつもない。いたって穏やか、浅瀬に行けばムツゴロウにお目にかかれるかもと期待しながら、売店で買ったパンをほおばる。遠くに見えていた山がくっきりして、それが普賢岳だと分かるころ、島原港へ到着。

 

島原半島は簡単に言えば普賢岳と雲仙岳が諫早あたりでつながっている実にジオラマティックな所だ。国道251号線は山の裾野の道でもあり、海沿いの道でもある。その道を30分行ったところが終着点。走行距離約677㎞、海上431㎞。西にも最果てはあるのだと気づくに足りる距離だった。

 

その後2週間ほど滞在する間に、家の周りをケルヒャーで洗い流されるような台風を体験し、雲仙岳を超えた小浜という場所で偶然にも、オンデマンドで授業を受けていた先生にお会いした。ふらりと立ち寄ったタネトという農作物販売所は先生が活動の拠点としている場所だった。海底から湧き出す蒸気で蒸しあげた在来種のジャガイモのなんとおいしいことか、忘れられない味になった。➡ https://www.organic-base.com/taneto/